
撮影:源賀津己
何かと受け身な阿部サダヲ。やっかい者の江口洋介。いつも苛々と声を荒らげる小出恵介。岩松了の新作舞台『シダの群れ』は、人気役者たちの“見たことのない顔”に満ちていた……。9月5日(日)の開幕を前に、同公演の稽古場を取材した。
物語の舞台は、とあるヤクザの組事務所。死期が迫りつつある組長の後継をめぐり、血で血を洗う抗争が……なんていうお決まりの展開は、ここでは少しも見られない。交わされるのはむしろ日常会話だ。コーヒーを淹れ、それを飲む。豆菓子にハマり、止まらなくなる。誰かの言葉に傷つき、あるいは喜び、それが次なる行為ににじむ。心理描写にかけては類を見ない劇作家・岩松了の豊かな筆致が、「ヤクザもの」というか「ヤクザという生態を生きる人たち」を入念に照らし出す。
稽古も実に入念だ。何度も何度も同じシーンを繰り返す。やがて役者の脳内にせりふが馴染みきった頃、岩松は不意に言う。「江口さん、今のせりふ、“あかるいんだけどうしろめたい”感じで言ってもらってもいいですか」。このニュアンス具合が岩松作品の醍醐味であり、そしてそれこそが役者たちを惹きつけてやまない理由のひとつだ。確かな人望を集めながらも、組織の存続のために粛清を免れることのできない組長の愛人の息子、という実に微妙な立ち位置を、江口洋介は限りなく実直に探っている。小出恵介演じる組長の正妻の息子ツヨシは、そんな義兄の存在にはっきりと焦れている。舎弟たちには強い口調で接しながら、いつも義兄さんには勝てないのだと、若い心特有の揺れを演技ににじませる。
阿部サダヲが演じるのは、江口演じるタカヒロを慕う舎弟の森本。どこへ行っても居場所を獲得できず、ヤクザの世界にまで流れてきてなお失敗ばかりの日々であり、だからこそタカヒロの優しさにしがみつくようにして毎日を送る、その鬱屈と心細さが一挙手一投足から立ちのぼる。そしてそんな彼らを束ねる水野という謎の男を、風間杜夫はさすがの貫禄と軽やかさで演じる。女優陣もしかりだ。組長の愛人でタカヒロの母・真知を演じる伊藤蘭が見せる切迫感や、何ごともはんなりと京都弁で交わす黒川芽以の小悪魔ぶりが、男たちの葛藤をより細密に照らし出す。職人系芝居人たちが織りなす、細やかな人間絵巻を是非。
公演は9月5日(日)から29日(水)まで、東京・シアターコクーンにて。なお、チケットぴあでは、中2F立見券を発売中。
取材・文:小川志津子
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