
撮影:友澤綾乃
10月22日(土)、浅利演出事務所主催の舞台『アンドロマック』が東京・自由劇場で開幕した。本作は17世紀を代表するフランスの劇作家ジャン・ラシーヌの傑作で、トロイ戦争後のギリシャを舞台に4人の男女の壮絶な恋愛模様を描いた物語。1966年初演で称賛された故浅利慶太氏による演出で、今回が6度目、浅利演出事務所公演としては2018年以来4年ぶり2度目の上演となる。長台詞が特徴的な本作。浅利氏によって確立された「朗誦術」を出演者らが見事に体得し、ともすれば冗長で大仰になりがちな台詞が実に自然に耳に届く。登場人物の心模様が浮き彫りとなり、壮大な人間ドラマが繰り広げられる。
タイトルロールのアンドロマック役は、2002年から同役を演じ本年版演出も手掛ける野村玲子。凛とした佇まいで亡夫への貞節を誓い愛息を守る姿は、どこまでも気品高く、悲しいほどに高潔だ。トロイ戦争の悲惨さと夫の在りし日の姿を語る長台詞は怒りと愛に満ちていて、圧巻である。そのアンドロマックに心奪われ、ギリシャ中を敵に回しても愛を貫こうとするピリュスを演じる阪本篤は、同事務所公演初参加。自身が主宰する「温泉ドラゴン」の公演でも定評のある持ち前の存在感が一国の王の威厳を感じさせる一方で、アンドロマックに対し真正面から愛の言葉を語るその低い声は時に激しく時に優しく響き、見る者を魅了する。坂本里咲が演じるのは、婚約者ピリュスに裏切られ復讐に燃える王女エルミオーヌ。野村同様2002年公演から同役を演じ、4度目の出演となる。恋する可憐な姫の姿と、プライド高く狡猾に復讐を企む姿が表裏一体となる女の情念の凄まじさを見事に表現。2幕の独白、そして自らも制御できないほど心乱れる演技は必見だ。そして、エルミオーヌを一途に愛し尽くす勇者オレスト役には、前回2018年公演でピリュスを演じた近藤真行が初役で挑む。純粋で、恋に盲目な故の決断力と行動力が逆に男らしさを感じさせる。他、重臣・侍女らとして山口嘉三、服部幸子(ともに劇団昴)、坂本岳大、田野聖子が脇を固める。親友のように優しく、乳母のように愛情深く、共に国を想って手厳しく、恋に悩める主人らを導く。
たった1日の出来事とは思えない濃密さで展開する『アンドロマック』。古典劇特有の悲劇性をベースに、現代の私たちと同じように悩み苦しむ姿は人間の本質をあぶり出す。シンプルな舞台セットと照明家・吉井澄雄氏の鮮やかな照明に彩られ、“言葉”がひたすらに輝きを放つ様が心地よい。公演は10月29日(土)まで。
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