
19世紀はじめ、ドイツで発見されたおよそ16歳のカスパー・ハウザー。ほぼ言葉が話せず、地下牢で生きていたと思われる実在の少年を描いた舞台『カスパー』が、3月19日(日)に東京芸術劇場シアターイーストにて開幕した。
カスパーを演じるのは、映画やドラマで活躍し、今回が初舞台となる寛一郎。幕開け、誰かに無理やり操られるようにカスパーが立ったり倒れたりを繰り返す。そのカスパーの第一声、不明瞭な発音で叫ばれる「ぼくは そういう まえ に ほかのだれか だった こと が ある よう な ひと に なりたい」が響いたとたん、この作品を信頼しよう、と強い説得力を感じた。寛一郎は、芯のある独特な存在感でカスパーを演じる。16年ほど知らなかった言葉を理解していくなかでの、自由と苦しさが描かれていく。
いわゆる物語のように客観的に起きた出来事を描いていくのではなく、観客はカスパーがおかれた状況や変化を共に体感していく。まだ言葉が理解できないカスパーに、プロンプター(首藤康之、下総源太朗、萩原亮介)がさまざまな「言葉」を浴びせていく。その威圧的な様子は、教育というよりも調教だ。また、カスパーたち(王下貴司、高桑晶子、小田直哉、坂詰健太、荒井啓汰)が、カスパーの身体を動かしていく様子もまた、本人の意志とは無関係にコントロールされているようだ。新しいコミュニケーションを獲得していくようにも見えるけれど、がんじがらめな抑圧を感じ、苦しい。
それら身体表現によってカスパーの内面を描く演出を手掛けるのは、ウィル・タケット。長年、英国ロイヤル・バレエで活動し、最近では舞台『ピサロ』(2021年/渡辺謙、宮沢氷魚ら出演)でも、身体的な演出でダイナミックに表現した。
脚本は、世界的にヒットした映画『ベルリン・天使の詩』の脚本家であり、2019年ノーベル文学賞受賞作家のペーター・ハントケの初期の戯曲だ。池田信雄の新訳により、今、あらためて「言葉」について向き合う。
誰もが、子どものうちに言葉を覚え、ルールを覚え、社会に出るための教育(調教)を受けてきた。それに順応できず、息の詰まる思いを抱える大人もいる。また、生き抜く武器として「言葉」を手に入れても、ある部分では折り合いがつかない辛さは多くの人が経験あるはず。人間社会に馴染むための苦しみを、強烈に追体験する舞台だった。東京公演は3月31日(金)まで。
取材・文=河野桃子
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